尾上右近の家系図|曽祖父は六代目尾上菊五郎、祖父は鶴田浩二、父は清元宗家
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歌舞伎俳優・二代目尾上右近(おのえ うこん)の家系図は、性質の違う三つの家が一人に集まっている点に特徴があります。まず全体像を押さえておきましょう。
| 家 | つながる人物 | 右近から見た続柄 |
|---|---|---|
| 清元宗家 | 七代目清元延寿太夫 | 父 |
| 鶴田家 | 鶴田浩二 | 母方の祖父 |
| 音羽屋(菊五郎家) | 六代目尾上菊五郎 | 母方の曽祖父 |
歌舞伎の家は父から子へ芸を継ぐ「男系」で語られがちですが、右近の場合、歌舞伎俳優としての血筋は母方からたどる形になっています。この構造は、家系図に描いてみるといちばん分かりやすくなります。
目次
尾上右近の家系図|清元宗家・鶴田家・音羽屋がつながる系譜
三つの家がどこで結びつくのかを、一枚の図で見てみましょう。
図をたどると、右近の位置づけは次のように整理できます。
- 父方 — 父は江戸浄瑠璃・清元節の家元、七代目清元延寿太夫。右近は次男として1992年に生まれました。
- 母方 — 母は俳優・鶴田浩二の次女。鶴田の妻、つまり右近の祖母が六代目尾上菊五郎の娘にあたります。
- 合流点 — この婚姻によって、鶴田家と音羽屋(菊五郎家)が一本につながります。右近から見て六代目菊五郎は母方の曽祖父です。
つまり右近は、父方から音曲(清元)を、母方から歌舞伎の血筋を受け取ったことになります。二つの芸系が一人に集まる家系図は、そう多くありません。
尾上右近の父と兄|清元宗家 七代目清元延寿太夫の家
父の七代目清元延寿太夫は1958年生まれ。清元節の家元である清元延寿太夫の名跡を継ぎ、宗家として一門を率いています。右近はその次男です。
兄は清元斎寿。清元節の三味線方として活動しており、兄弟そろって父の家の芸を受け継いでいます。家系図の上では、兄弟は同じ親から実線で下ろし、生まれ順に左から並べるのが基本です。
右近自身も、歌舞伎俳優でありながら2018年に七代目清元栄寿太夫を襲名しました。舞台に立つ役者と、その舞台を語り演奏する清元――本来は別々の担い手である二役を、一人で務めていることになります。
歌舞伎の側で名乗る「尾上右近」も、母方から回ってきた名です。近代に初代尾上右近を名乗ったのは、六代目尾上菊五郎の実子で、のちに二代目尾上九朗右衛門となった俳優(1922〜2004)でした。右近の祖母とはきょうだいにあたります。二代目右近は7歳で本名の岡村研佑として初舞台を踏み、2005年、12歳のときにこの名跡を継ぎました。父方の家に生まれながら、母方の家の名を継いだことになります。
尾上右近と鶴田浩二|母方から受け継いだ六代目尾上菊五郎の血筋
母方をたどると、俳優の鶴田浩二(1924〜1987)にたどり着きます。戦後の映画界を代表するスターであり、右近の母方の祖父です。母の姉妹には女優の鶴田さやかがおり、右近から見れば叔母にあたります。
そして、鶴田浩二の妻――右近の祖母が、六代目尾上菊五郎の娘でした。六代目菊五郎(1885〜1949)は、大正から昭和にかけて一時代を築いた名優です。右近はこの六代目の曽孫にあたります。
この曽祖父の存在は、右近にとって記録映像の中の人です。六代目菊五郎が踊る『春興鏡獅子』の映像に魅せられて歌舞伎俳優を志し、七代目尾上菊五郎のもとで修行を積みました。直接会うことのなかった曽祖父から芸の道へ導かれた、という筋道になります。家系図で三代前をたどる意味が、はっきり形になっている例です。
歌舞伎の家は、父から子へ名跡と芸を渡していく形が一般的です。しかし右近の場合、歌舞伎につながる線は母方にしかありません。祖母・母・本人と代を下るあいだに、姓は菊五郎の家から鶴田家、そして岡村家へと二度変わっています。姓を目で追うと血のつながりを見失う——女系の家系図に共通する読みにくさが、ここに出ています。
家系図では、姓ではなく線をたどります。実親子は実線、婚姻は二重線。この2種類だけで、右近と六代目菊五郎が三代を隔てた曽祖父・曽孫の関係にあることが確認できます。線の意味は家系図の記号・線の意味で図解しています。
尾上右近と尾上松也・中村勘九郎の関係|同じ屋号でも血筋は別
「尾上」の姓や「音羽屋」の屋号を共有する俳優は複数いるため、血縁と混同されやすいところです。よく並べて検索される二人との関係を整理しておきます。
尾上松也との関係
松也の屋号も音羽屋ですが、菊五郎家との直系の血縁はありません。父の六代目尾上松助が七代目尾上菊五郎の一門に属していた、芸系のつながりです。右近とは同じ屋号を名乗る仲間であって、親戚ではありません。
中村勘九郎・七之助との関係
こちらは血縁があります。十八代目中村勘三郎の母もまた六代目尾上菊五郎の娘で、右近の祖母とは姉妹の間柄でした。祖母同士が姉妹ということは、右近と六代目中村勘九郎・二代目中村七之助ははとこ(またいとこ)の関係にあたります。
寺島しのぶ・菊五郎家との関係
六代目菊五郎は、生後まもない七代目尾上梅幸を養子に迎えました。その子が七代目尾上菊五郎、孫が女優の寺島しのぶと八代目尾上菊五郎です。つまり現在の菊五郎家と右近は、養子縁組を介してつながる親戚ということになります。家系図では養子は破線で結び、実親子の実線と描き分けます。養子・養子縁組の家系図の書き方もあわせてどうぞ。
尾上右近の家系図に学ぶ女系の書き方|姓が変わる家をどう描くか
右近の家系図が家系図づくりの教材として優れているのは、姓が代ごとに変わっても系譜は途切れないことを一枚で示してくれるからです。自分の家系図を作るときにも、そのまま応用できます。
- 同じ列に並べるのは「代」で決める — 姓ではなく世代で行をそろえます。祖母・母・本人が別姓でも、三行に分けて縦に結べば関係は明快です。
- 嫁いだ娘も残す — 実家の家系図から抜かずに、婚姻の二重線でつなぎます。この線を省くと、右近と六代目菊五郎のような曽祖父・曽孫の関係が図から消えてしまいます。
- 改姓は注記で補う — 「旧姓」「〇〇家より」と一言添えておくと、あとから見返す家族が迷いません。
実際にこの記事の図もエディタで描きましたが、四代を縦に並べた瞬間に、母方だけが歌舞伎につながっているという構造がはっきり見えました。文章で「曽祖父が六代目菊五郎」と読むより、線でたどったほうが早いところです。
本サイトの家系図エディタは、婚姻を二重線、実親子を実線、養子を破線で描き分けられます。人物を足すと線が自動でつながるため、姓の変わる女系や、養子を含む家系も一枚に収まります。和紙テンプレートに対応し、PDF・画像で書き出せます。登録は不要です。
有名人の家系図を作るときにつまずきやすい点
右近の家系図のような芸能・芸道の一族を描くとき、手が止まりやすいのは次の4点です。自分の家の系図でも同じ壁にあたります。
- 同じ名前が何代も出てくる — 襲名した名跡は代数(六代目・七代目)まで書き、本名を併記すると世代を取り違えません。
- 姓が代ごとに変わる — 女系でつながる家は、姓ではなく線で追います。行の高さで代をそろえるのが先決です。
- 養子と実子が混ざる — 破線(養子)と実線(実子)を必ず描き分けます。混ぜると継承の筋が読めなくなります。
- 存命の方の情報は控えめに — 公表されていない生年や住所は書き込まず、続柄だけを載せておくと、家族で共有しても差し支えのない図になります。
家系図づくりの基本は家系図の書き方完全ガイドに、ほかの名家の系譜は有名人・名家の家系図まとめにまとめています。清元節の太夫・三味線方を二代輩出した家については、柿澤勇人の家系図もあわせてご覧ください。
よくある質問
尾上右近の本名は何ですか?
尾上右近と尾上松也は親戚ですか?
尾上右近はなぜ歌舞伎と清元の二刀流なのですか?
母方でつながる家系はどう描けばいいですか?
AUTHOR
家系図マニア
祖父の連絡先を探して戸籍をたどった経験から、家系図を作りはじめました。家族のつながりも、歴史上の一族や物語の関係図も、自分の手でたどれる入口にしたいと考えて個人で運営しています。行政書士・司法書士などの資格は持たないため、法的な判断が必要な場合は専門家への相談をおすすめしています。
