水谷八重子の家系図|母は初代八重子、父は守田勘弥、玉三郎との関係

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公開日: 家系図マニア
家系図続柄
水谷八重子の家系図|母は初代八重子、父は守田勘弥、玉三郎との関係

二代目水谷八重子の家系を一言で表すなら、母からは新派、父からは歌舞伎を受け継いだ家です。母は新派を代表した初代水谷八重子、父は歌舞伎俳優の十四代目守田勘弥。二代目は水谷良重として活動したのち、1995年に母の名を襲名しました。

五代目坂東玉三郎も、この家系図に入ります。十四代目勘弥が1964年に玉三郎を養子に迎えたため、二代目八重子と玉三郎は実のきょうだいではなく、父の養子縁組を介してつながるきょうだいです。

血縁、離婚、養子、襲名を同じ線で描くと、二人の関係も「水谷八重子」という名の由来も曖昧になります。まずは線の違いが見える家系図から確認します。

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水谷八重子の家系図|新派の母系と歌舞伎の父系

日本俳優協会の役員紹介と歌舞伎俳優名鑑、劇団新派の俳優名鑑で公表されている関係をもとに、二代目水谷八重子を中心とした家系図を作成しました。

二代目水谷八重子と初代・守田勘弥・坂東玉三郎の家系図
母方の松野家と水谷竹紫、初代水谷八重子、父・十四代目守田勘弥、父の養子・五代目坂東玉三郎までを示した簡易家系図です。
二代目八重子との関係 人物 家系図で分かること
母方祖父 松野豊蔵 初代八重子の父
母方祖母 松野とめ 初代八重子の母
母 初代 水谷八重子 新派女優、二代目が名を継承
父 十四代目 守田勘弥 歌舞伎俳優、喜の字屋
父の養父 十三代目 守田勘弥 十四代目を養子に迎えた前代
本人 二代目 水谷八重子 前名は水谷良重、新派女優
養子縁組上の弟 五代目 坂東玉三郎 十四代目勘弥の養子
母の姉の夫 水谷竹紫 初代八重子を演劇へ導いた劇作家

図では、実親子を実線、離婚した元夫婦を二重斜線、養親子を破線で描き分けています。父と玉三郎の破線は養子関係を示すもので、二代目八重子と玉三郎の間に直接の血縁線はありません。

二代目水谷八重子の家系図|水谷良重から母の名を襲名

二代目水谷八重子は1939年4月16日、十四代目守田勘弥と初代水谷八重子の長女として東京に生まれました。日本俳優協会のプロフィールによると、1955年8月、歌舞伎座の新派公演で水谷良重を名のって初舞台を踏み、同時期にジャズ歌手としてもデビューしています。

舞台だけでなく映画、テレビ、歌手として活動したのち、1995年11月・12月の新橋演舞場公演で二代目水谷八重子を襲名しました。初舞台から40年を経て、母が新派で築いた名を受け継いだことになります。

時期 名 家系図・芸歴上の意味
1955年から 水谷 良重 初舞台時から使った前名
1995年から 二代目 水谷八重子 母・初代八重子の名跡を襲名

ここでの襲名は、母と娘の血縁を変更する手続きではありません。家系図では初代から二代目へ実線の親子関係を引き、芸名の受け渡しは人物枠の注記や年表で表します。母娘が同じ「水谷八重子」を名乗っても、家系図上で一人にまとめず、代数と生年で区別する必要があります。

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水谷八重子の母の家系図|初代と水谷竹紫のつながり

初代水谷八重子は1905年8月1日、時計商の松野豊蔵・とめ夫妻の次女として生まれました。本名の姓は松野です。姉の勢舞が劇作家・演出家の水谷竹紫と結婚し、初代は父を亡くしたのち、母とともに水谷家で暮らしました。

劇団新派の俳優名鑑によると、水谷竹紫は島村抱月・松井須磨子が創設した芸術座へ参加し、1913年の公演に幼い八重子を出演させました。これが初代の初舞台です。1924年には、八重子を中心とする第二次芸術座が結成されました。

「水谷」という舞台名は父方の守田家から来たものではありません。初代が育ち、演劇へ導かれた水谷家につながる名であり、それを娘が二代目として継いでいます。家系図で母方の姉夫婦まで載せると、初代の出生姓が松野でありながら、なぜ芸名が水谷なのかを読み解きやすくなります。

初代は花柳章太郎らと新派を支え、1979年に74歳で亡くなりました。二代目が名を継いだのは、その16年後です。母の没後すぐに同じ名へ変えたのではなく、水谷良重として重ねた芸歴を経て襲名したという時間差も、母娘を混同しない手がかりになります。

初代水谷八重子から二代目水谷八重子へ名跡が受け継がれる関係を示す概念図

水谷八重子の父の家系図|十四代目守田勘弥と喜の字屋

父の十四代目守田勘弥は1907年生まれの歌舞伎俳優です。屋号は喜の字屋。1914年に四代目坂東玉三郎を名のって初舞台を踏み、三代目坂東志うかを経て、1935年に十四代目守田勘弥を襲名しました。

十四代目勘弥自身も、十三代目守田勘弥の養子です。父方をたどると、二代目八重子の実父へ至る線の一代上に養子関係が入ります。歌舞伎の家では血縁だけでなく、養子縁組によって家と名跡が受け継がれる例があります。

十四代目勘弥と初代八重子は1937年に結婚し、1939年に二代目が生まれました。日本俳優協会の名鑑には、二人が1950年に離婚したことも記されています。離婚後も、二代目にとって二人が実の父母である事実は変わりません。

家系図では、元夫婦を現在の婚姻と同じ二重線にせず、二重斜線で表します。子への実親子線は離婚後も残します。家族関係と婚姻状態を別々に記録することで、「離婚したから父子関係も消える」という誤読を防げます。

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水谷八重子と坂東玉三郎の家系図|養子縁組上のきょうだい

五代目坂東玉三郎は1950年4月25日生まれ。1957年に坂東喜の字を名のって初舞台を踏み、1964年6月に十四代目守田勘弥の養子となると同時に、五代目坂東玉三郎を襲名しました。

十四代目勘弥の実子が二代目水谷八重子、養子が五代目坂東玉三郎です。父を同じくする形になるため、家系図上では二代目が姉、玉三郎が養子縁組上の弟にあたります。二人の間に実のきょうだいとしての血縁はありません。

この続柄は、二人を直接結ぶ線では表しません。十四代目勘弥から二代目へ実線、十四代目勘弥から玉三郎へ破線を引き、共通する父の位置から関係を読み取ります。

父の前名が四代目坂東玉三郎、養子の現在名が五代目坂東玉三郎である点にも注意が必要です。同じ人物が一代進んだのではなく、十四代目勘弥が過去に名乗った名跡を、養子が五代目として受け継ぎました。代数を付ければ、四代目は父、五代目は養子と区別できます。

水谷八重子の家系図で見る二つの襲名|母娘と養父子の違い

この家系には、方向の異なる二つの名跡継承があります。

  • 初代水谷八重子 → 実娘の二代目水谷八重子
  • 四代目坂東玉三郎 → 養子の五代目坂東玉三郎

前者は母娘の実親子による名跡継承、後者は養父子による名跡継承です。同じ家系図の中でも、血縁による継承と養子縁組による継承という性質の違いがあります。

さらに、母の水谷八重子は新派、父と玉三郎は歌舞伎で活動しています。二代目は父が歌舞伎俳優でも、歌舞伎の女方になったのではなく、母が立った新派の舞台で名を継ぎました。血縁上の家と、所属する演劇の系譜も分けて読む必要があります。

同じように、尾上右近の家系図では歌舞伎と清元、中村児太郎の家系図では成駒屋と中村屋、中村壱太郎の家系図では歌舞伎と日本舞踊・吾妻流のつながりを整理しています。芸能家の家系図は、線だけでなく名跡・屋号・活動分野を人物の注記へ加えると理解しやすくなります。

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水谷八重子の家系図の作り方|離婚・養子・芸名を描き分ける

二代目水谷八重子の家系図を自分で描くなら、初代と二代目を別の人物枠に置くところから始めます。「水谷八重子」という名前だけで一つにまとめず、代数、生没年、前名を添えます。

次に、両親と本人を実親子線で結び、両親の間は離婚線にします。十四代目勘弥から玉三郎へは養子線を引きます。上の家系図に入れた父の養父・十三代目勘弥へも、同じ養子線を引いています。

整理すると、使う線は次の3種類です。

  1. 実親子:実線
  2. 離婚した元夫婦:二重線に二重斜線
  3. 養親子:破線

詳しい記法は養子の家系図の書き方と離婚した家族の家系図の書き方で確認できます。芸名や前名は線にせず、人物枠の注記へ「前名:水谷良重」「四代目坂東玉三郎」のように記録します。

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水谷八重子の家系図に関するよくある質問

Q二代目水谷八重子の母と父は誰ですか?
母は新派女優の初代水谷八重子、父は歌舞伎俳優の十四代目守田勘弥です。二代目は1939年に二人の長女として生まれました。
Q水谷八重子と坂東玉三郎は実の姉弟ですか?
実の姉弟ではありません。二代目水谷八重子は十四代目守田勘弥の実子、五代目坂東玉三郎は1964年に勘弥の養子となったため、養子縁組を介したきょうだい関係です。
Q初代と二代目の水谷八重子は親子ですか?
はい、実の母娘です。二代目は水谷良重として初舞台を踏み、1995年に母の名を継いで二代目水谷八重子を襲名しました。
Q十四代目守田勘弥と坂東玉三郎は同じ人物ですか?
同じ人物ではありません。十四代目守田勘弥は初舞台時に四代目坂東玉三郎を名乗りました。その養子が1964年に五代目坂東玉三郎を襲名しています。
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家系図マニアのプロフィール画像

家系図マニア

祖父の連絡先を探して戸籍をたどった経験から、家系図を作りはじめました。家族のつながりも、歴史上の一族や物語の関係図も、自分の手でたどれる入口にしたいと考えて個人で運営しています。行政書士・司法書士などの資格は持たないため、法的な判断が必要な場合は専門家への相談をおすすめしています。