徳川15代将軍の一覧と家系図|在職期間・続柄を図解でやさしく解説
この記事で分かること
- 徳川15代将軍の名前・読み・在職期間・続柄が一覧でわかる
- 御三家・御三卿の分家から将軍家を継いだ流れ(養子と宗家相続の違い)
- 家系図の線(実線=実子/破線=養子)での見分け方
- 15代をすっきり整理する覚え方・エピソード
- 徳川家の家系図を自分で作る方法
徳川15代将軍——名前は聞いたことがあっても、「誰が誰の子で、どうつながっているのか」までは、意外とあいまいになりがちです。
この記事では、徳川15代将軍の一覧を在職期間・続柄つきで整理し、徳川家の家系図としてつながりを見ていきます。実は15人すべてが「父から子へ」まっすぐ継いだわけではありません。御三家・御三卿という分家から将軍家を継いだ人も多く、家系図の線で見ると、その流れがひと目で分かります。

徳川15代将軍の一覧|初代家康から15代慶喜まで(在職期間つき)
江戸幕府の将軍は、1603年に征夷大将軍となった初代・徳川家康に始まり、1867年に大政奉還を行った15代・徳川慶喜まで、約265年にわたって15人が務めました。まずは全体を一覧で見てみましょう。
| 代 | 名前(読み) | 在職期間 | 前将軍との続柄 |
|---|---|---|---|
| 1 | 徳川家康(いえやす) | 1603〜1605 | 江戸幕府を開いた初代 |
| 2 | 徳川秀忠(ひでただ) | 1605〜1623 | 家康の三男 |
| 3 | 徳川家光(いえみつ) | 1623〜1651 | 秀忠の次男(嫡男) |
| 4 | 徳川家綱(いえつな) | 1651〜1680 | 家光の長男 |
| 5 | 徳川綱吉(つなよし) | 1680〜1709 | 家光の四男(家綱の弟) |
| 6 | 徳川家宣(いえのぶ) | 1709〜1712 | 家光の孫(綱吉の養子) |
| 7 | 徳川家継(いえつぐ) | 1712〜1716 | 家宣の子 |
| 8 | 徳川吉宗(よしむね) | 1716〜1745 | 紀州徳川家から(御三家) |
| 9 | 徳川家重(いえしげ) | 1745〜1760 | 吉宗の長男 |
| 10 | 徳川家治(いえはる) | 1760〜1786 | 家重の長男 |
| 11 | 徳川家斉(いえなり) | 1786〜1837 | 一橋徳川家から(御三卿) |
| 12 | 徳川家慶(いえよし) | 1837〜1853 | 家斉の次男 |
| 13 | 徳川家定(いえさだ) | 1853〜1858 | 家慶の四男 |
| 14 | 徳川家茂(いえもち) | 1858〜1866 | 紀州徳川家から(御三家) |
| 15 | 徳川慶喜(よしのぶ) | 1866〜1867 | 水戸徳川家から(御三家) |
徳川家の家系図|15代将軍のつながりを一枚で見る
一覧の「続柄」を見ると、ところどころに「○○家から」「養子」という言葉が出てきます。これは、将軍家(宗家)に跡継ぎがいないとき、御三家・御三卿という分家から養子を迎えて家を継いだことを表しています。
家系図のかたちで大きな流れを追うと、次のように整理できます。
- 初代〜7代 — 家康から、その子・孫へと受け継がれた直系の流れ。ただし5代綱吉・6代家宣・7代家継のあたりで、兄弟やその孫へと枝分かれします。
- 8代吉宗で紀州系へ — 7代家継に跡継ぎがなく、御三家・紀州徳川家から吉宗が宗家を継ぎます。これ以降の将軍は、すべて吉宗の子孫です。
- 15代慶喜で水戸系へ — 最後の将軍・慶喜は、御三家・水戸徳川家の出身。御三卿の一橋家を継いだのち、将軍となりました。
このように、徳川家の家系図は「一本のまっすぐな線」ではなく、御三家・御三卿という支流が宗家を何度も支えた形をしています。
徳川将軍の続柄でつまずく点|実子・養子・御三家からの相続
家系図を描くときにいちばん迷うのが、「実の親子なのか、養子なのか」という続柄の違いです。徳川15代将軍のうち、前将軍の実子ではないかたちで継いだのは5人。ただし、ここは「前将軍の養子になった人」と「分家から宗家(将軍家)を相続した人」を分けて考えるのが正確です。両者は、家系図での線の引き方が変わります。
| 区分 | 将軍 | 継ぎ方と家系図での扱い |
|---|---|---|
| 養子 | 6代 家宣 | 5代綱吉の養子(実父は綱吉の兄・綱重)。養親へは破線で結ぶ |
| 養子 | 11代 家斉 | 御三卿・一橋家の出身。10代家治の養子。養親へは破線で結ぶ |
| 養子 | 14代 家茂 | 御三家・紀州家の出身。13代家定の養子。養親へは破線で結ぶ |
| 宗家相続 | 8代 吉宗 | 御三家・紀州家の出身。7代家継の死後に宗家を相続(前将軍との親子関係はない) |
| 宗家相続 | 15代 慶喜 | 御三家・水戸の出身、一橋家を経て相続。前任の家茂より年長で養子ではない |
このような関係を家系図に描くときは、実の親子・養子・相続を線で描き分けるのが基本です。本サイトでは、系統図で広く使われる標準的な記法に沿って、関係ごとに線を引き分けることをおすすめしています。関係線の詳しい引き方は、家系図の書き方完全ガイドでも図解しています。
| 関係 | 線の種類 | 書き方のポイント |
|---|---|---|
| 親子(実子) | 実線 | 夫婦を結ぶ線の中点から、子へ下ろします |
| 配偶者(婚姻) | 二重線 | 夫婦を横に並べ、二重の横線で結びます |
| 離婚(元配偶者) | 二重斜線 | 配偶者の二重線に斜線を重ね、離婚を示します |
| 養子 | 破線 | 実の親子(実線)と区別するため、破線で結びます |
たとえば14代・家茂は、御三家・紀州家の出身ながら13代家定の養子となりました。これを家系図にすると、実父(紀州家)へは実線、養親の家定へは破線(養子の縁)で結びます。線を描き分けるだけで、「血筋は紀州、立場は将軍家の養子」という二重の関係が、ひと目で読み取れるようになります。なお8代吉宗や15代慶喜のように、養子ではなく分家から宗家を相続した場合は、前将軍との親子線は引かず、実家の系統から将軍家へ移ったことを示します。
徳川将軍 一覧の覚え方|語呂とエピソードで15代を整理
15人を丸暗記するのは大変ですが、リズムで区切ると覚えやすくなります。声に出して、4人ずつのまとまりで唱えてみてください。
- 家康・秀忠・家光・家綱
- 綱吉・家宣・家継・吉宗
- 家重・家治・家斉・家慶
- 家定・家茂・慶喜
さらに、有名なエピソードと結びつけると、ぐっと記憶に残ります。
| 将軍 | 覚えるためのキーワード |
|---|---|
| 3代 家光 | 「生まれながらの将軍」。鎖国体制を固めた |
| 5代 綱吉 | 「生類憐みの令」。犬公方とも呼ばれた |
| 8代 吉宗 | 享保の改革。「暴れん坊将軍」のモデル |
| 11代 家斉 | 在職約50年と歴代最長。子だくさんでも知られる |
| 15代 慶喜 | 大政奉還を行った「最後の将軍」 |
「初代と最後」「いちばん有名な綱吉・吉宗」を先に押さえ、その間を埋めていくと、15代の流れが頭に入りやすくなります。
徳川家の家系図を自分で作る方法|家系図テンプレートで再現
将軍家のつながりは、文字の一覧で見るより、家系図にして眺めるほうがずっと分かりやすいものです。とくに徳川家は養子が多いため、実線と破線を引き分けると、御三家・御三卿が宗家を支えた構造がはっきり見えてきます。
手書きでも描けますが、人物が増えると線の引き直しが大変です。オンラインの家系図ツールやテンプレートを使えば、配置や線をあとから自由に直せて、印刷や共有もかんたんです。
本サイトの家系図エディタは、ここで紹介した関係線(実線・二重線・二重斜線・破線)をそのまま選んで引けるように作られています。徳川将軍家のような養子の多い家系も、線を選ぶだけで正しく描けます。和紙・免許状風のテンプレートも用意していますので、歴史好きの自由研究から、ご自身の家系図づくりまで、幅広く使えます。登録は不要です。
徳川15代将軍の一覧と家系図まとめ|記法と相続のポイント
徳川15代将軍は、次のポイントを押さえると、つながりがすっきり整理できます。
- 15人・約265年 — 初代家康から15代慶喜まで、江戸幕府の将軍は15人
- まっすぐな直系ではない — 6・8・11・14・15代は分家から継いだ。家宣・家斉・家茂は前将軍の養子、吉宗・慶喜は御三家から宗家を相続した
- 線で描き分ける — 実の親子は実線、養子は破線、分家からの相続は実家の系統で示す。御三家・御三卿が宗家を支えた構造が見える
名前の暗記だけでなく「誰が誰から継いだのか」を家系図でたどると、江戸時代の歴史がぐっと立体的に見えてきます。まずは将軍家の一覧から、気軽に家系図を描いてみてください。